大学生が人生を考える

ひまな大学生が人生について考えます。

陰で努力するということ

僕は人前で努力をするということが苦手です。

 

人前で頑張る、頑張る姿を見せるということも好きではありません。

 

一方で、努力をアピールする人もいます。

 

それを評価する人もいる。

 

学校なんかはその代表例だと思います。

 

頑張っているアピールをすることは必要なことなのかもしれません。

 

学校や仕事で評価をされるためには結果が出なくても、

 

「あいつは頑張ってるから」

 

と思われることがいい方向にいくこともあると思います。

 

それでも僕はアピールすることが嫌いです。

 

今回はその理由についてお話したいと思います。

 

 

努力することは当たり前

何か目標を立てて、それを実現させたい。

 

そのためには様々なことをする必要があります。

 

それでないと目標は達成できない。

 

そう。努力は必須事項なのです。

 

努力しなければ、頑張らなければ目標は達成できません。

 

当たり前のことなのです。

 

当たり前のことをするだけなのに、それをアピールするのってどうなの?って思ってしまいます。

 

あくまで、努力するということは目標達成への過程です。

 

努力することが目的になってしまうような気がします。

 

それではダメですよね。

 

努力すること自体が褒められる

人前で努力をしたり、頑張っていることを話すと褒めてくれます。

 

褒められるのって嬉しいですよね。

 

「すごいなー。頑張ってるなぁ。」

 

こうやって言われることに僕は違和感を感じます。

 

努力はあくまで目標への過程であって、それは当たり前にされることです。

 

そこを褒められても何も嬉しくないです。

 

だから僕は人前で努力をすることが嫌いです。

 

どうせ褒めてくれるなら目標達成した時に褒めて欲しいです。

 

カッコつけたい

「俺まだ何も勉強してへんわぁ、やばいw」

 

そんなこと言ってるやつに限ってめっちゃ成績いいんですよね。

 

それに憧れてます。

 

なんかかっこいいですよね。

 

これ僕だけですかね。

 

いつの間にか結果を残している。

 

結果だけを報告したい。

 

「えっ、もうそんなとこまでやってたんか」

 

そうやって言われたいんです。

 

ひとよりリードしていたいんです。

 

だから僕は人前で頑張らない。

 

余裕がある方がかっこいい

頑張ってる姿って美しいんです。

 

やっぱりすごいって思うし、尊敬する。

 

人が頑張っていると刺激になる。

 

でもどこかがむしゃらで泥臭いと余裕がなくも見える。

 

僕は泥臭さに対するあこがれも持っています。

 

でも、余裕を持っておきたい。

 

余裕があるように見られたい。

 

適当にやってそうに見えて、実はやることやってる。

 

そんな不思議な存在になりたい。

 

憧れられたい。

 

だから僕は陰で努力をする。